彩甲斐街道「ころ柿の里」をゆく
雁坂トンネルを越え甲州路に入る。ころが柿の写真はカメラ雑誌でよく観る。障子に影を写す柿の簾が残像として残っている。そんな風景をはじめて撮影できるかと思うとウキウキしてきた。車中で弁当を食べ、信玄所縁の恵林寺に12時に到着した。
いよいよ、ころ柿の撮影である。ころ柿は「枯露柿」とも書く語源は柿を天日干しするときに日が当たるように場所をころころ変えた事にあるらしい。信玄公が美濃の国「蜂屋柿」を移植したことによて干し柿が広まったとされる。幾多の変遷をえて現在の有名ブランドとして、全国ネットで売り出されている。前置きが長くなった写真を紹介する。
見事な柿の簾である。この日は空が素晴らしく晴れ渡っていた。
この写真は塩山駅前の甘草屋敷(重要文化財旧高野家住宅)で撮影したものである。
屋敷内はカメラの砲列が並ぶ、ガイドさんの甘草の薬用成分のお話をほとんど聞いていない状態であった。部屋中に電子シャッター音が鳴り響くときおりフラッシュが光り撮影最前線である。
この写真は「文庫蔵」(子ども図書館)の縁側で撮影。
そばに平成14年9月12日 「皇太子殿下、皇太子妃殿下」行啓の立派な記念碑があった。
いよいよ、ころ柿の撮影である。ころ柿は「枯露柿」とも書く語源は柿を天日干しするときに日が当たるように場所をころころ変えた事にあるらしい。信玄公が美濃の国「蜂屋柿」を移植したことによて干し柿が広まったとされる。幾多の変遷をえて現在の有名ブランドとして、全国ネットで売り出されている。前置きが長くなった写真を紹介する。




そばに平成14年9月12日 「皇太子殿下、皇太子妃殿下」行啓の立派な記念碑があった。
